「女帝 小池百合子」が全然おススメできない理由

最近、小池百合子さんの学歴詐称疑惑(本当はカイロ大学を卒業していないのではないかという疑惑)が話題になっており、その疑惑について触れた「女帝 小池百合子なる本が、アマゾンでベストセラーになっていました。

 

  

さて、まず書いておきたいのですが、私は、政治家としての小池さんを全く評価していません。

豊洲市場への移転のときは多額の税金を無駄にしたように思われますし、築地に市場機能を戻す旨の発言はいつのまにか撤回されてしまったようですし、「7つのゼロ」という公約を真剣に実現しようとしているのかも疑問です。

 

やたらと横文字を並べてメディアに出まくるところが若干鼻につくというのも正直あります(笑)

 

そんなアンチ小池の私としては、「ベストセラーになるぐらいだから小池さんを鋭く批判する本に違いない」と期待して「女帝 小池百合子」を読んでみました。

 

しかし、残念ながら全くの期待外れでした。

 

なぜかというと、

  1.  小池さんの両親やプライベートに関する悪口が長々と書いてあって、「それ政治と関係ないんじゃない?」と思った
  2. 批判の多くが証言や過去の週刊誌記事に基づいており、信用性に疑問がある
  3. 筆者による事実の評価や表現方法が一方的すぎて、読んでいて不快になった

 からです。

 

都知事選間近に出版されたことからしても、小池さんを批判するという目的が先にあって、そのための材料を後から集めた本なんじゃないかと思います。

 

単なるゴシップ本として読むのであれば、そこそこ面白いのかもしれません。しかし、アマゾンでのレビューがあそこまで高評価になるのは正直不思議です(関係者によるレビューがかなり含まれているのではないかなぁと疑ってしまうほどです)。

 

以下、少し詳しく書いてみたいと思います。

 

1 小池さんの両親やプライベートに関する悪口が長々と書いてある

 

本書においては、小池さんのプライベートな事項への悪口にかなりの紙面が割かれています。

 

例えば、以下のような具合です。

 

  • 小池氏は芦屋出身だから見栄っ張りになったのだろう
  • 小池氏の父は「詐欺師」「山師」「政治ゴロ」と忌み嫌われている
  • 小池氏の両親は、他人のお店を勝手に自分のものにしてしまった
  • 顔に赤いあざがあるため、小池氏はコンプレックスの塊である
  • 従妹が美人だったから、小池氏はコンプレックスを抱えている
  • 小池氏はエジプトで日本人留学生と結婚し、利用するだけ利用して離婚した
  • 小池氏と付き合っていた東大助教授はあっさり小池を捨てて、ずっと年下のお嬢様学校を卒業した女性を妻に選んだ。

 

しかし、両親に関する悪評やプライベートな事項は、小池さん本人の政治的手腕とは関係がないと思うのです。政治家を批判する本なのですから、政治的手腕と関係のある事項について、淡々と書いてくれればよかったのにと思います。

 

「あざがある⇒コンプレックスの塊である」などの評価が一方的すぎるんじゃないかという点も、以下で述べるとおりです。

 

2 批判の多くが証言や過去の週刊誌記事に基づいている

 

「女帝 小池百合子」における小池さんへの批判は、ほとんどが第三者の証言や過去の週刊誌記事に基づいています。

 

例えば、

・「小池を知る、ある人物に話を聞いた時のことだ」

・「遠縁の男性が当時を振り返る」

・「小池の同級生が、当時の思い出を語ってくれた」

・「勇二郎(※小池さんの父親)を知る元大手石油会社の男性は笑いながら、こう教えてくれた」

・「週刊ポストが写真入りで報じている」

 

といった具合です。

 

証言を用いること自体は、仕方がないと思います。しかし、証言が真実であるとは限りません。

 

証言は、知覚⇒記憶⇒叙述という過程を経るものであり、その過程において誤りが入り込む可能性があります。見間違い、聞き間違い、記憶違い、言い間違いなどです。また、証言者が意図的に虚偽の証言をする可能性もあります。そのため、一般的に、証言は客観的証拠に比べて信用性が低いものと考えられています。証言が匿名であればなおさらです。

 

週刊誌の記事であれば、情報源の信用性の問題に加えて記事自体の信用性の問題もありますので、さらに信用性が低くなります。

 

それにもかかわらず、筆者は引用した証言や記事がすべて正しいことを前提にしているようです。また、小池さんの有利になるような証言や記事もたくさんあると思いますが、それは取り上げていません。

 

本書のキモである小池さんの学歴詐称疑惑についても、メインの根拠は、エジプト留学時代に小池さんのルームメイトであったとされる女性の証言です。しかし、上記のとおり、その女性の証言が真実であるとは限りません。その女性が見間違い、聞き間違い、記憶違い、言い間違いをしている可能性もありますし、意図的に虚偽の証言をしている可能性だって否定できません。

ルームメイトであったのは数十年前のことというのですから、なおさら信用性は低くなります。

 

そして、本書のなかで、カイロ大学は小池さんが卒業したことを認めていると書かれています。また、本書の出版後には、カイロ大学から小池さんが卒業したことを認める旨の声明が改めて出されました。

このように、小池さんが卒業したことを大学自体が認めているという反対の強力な証拠がある以上、大学が嘘をついていることを強く疑わせる具体的な事情がない限り、小池さんが学歴を詐称していると断じることはできないはずです。

上記のような女性の証言と大学の声明では、大学の声明の信用性の方が高いと考えるのが自然です(少なくとも、裁判であればそう判断される可能性がかなり高いです)。

 

それにもかかわらず、筆者は上記の女性の証言を主な根拠にして、小池さんが学歴を詐称しているとほぼ断定したうえで、それを前提にして小池さんの批判を繰り返します。

 

筆者は、エジプトでは問題をお金で解決できる、小池氏が中東に影響力を有している等の抽象的な根拠により「カイロ大学の発言は嘘」としていますが、そんな抽象的な根拠だけで嘘と断じられたのでは、カイロ大学もエジプトもたまったものではないでしょう。

仮に東京大学がある人物の卒業を認めた場合に、外国人が「それは嘘だ」と主張してきたとしたら、特に関係のない私ですらイラっとします。

 

3 筆者による事実の評価や表現方法が一方的すぎる

 

全体をとおして、筆者による事実の評価やその他の表現方法は、かなり一方的です。悪意に満ちているとすら思えてしまいます。

 

例えば、本書においては、小池さんが中東の要人の通訳を務めたという事実がいくつか記載されています。このような客観的事実があった場合、もし小池さんがアラビア語を話せないのであれば、通訳に問題が生じたはずです。しかし、そのような問題が生じたという事実は本書中には記載されていません。

そのため、仮に「小池氏はアラビア語をあまり話せないはずだ」という第三者の証言があったとしても、上記事実から、「小池氏は通訳をできるぐらいにはアラビア語を話せるのだ」という評価になるのが自然だと思います。それにもかかわらず、筆者は、「たいしてアラビア語を話せないのに通訳を引き受けるとはずうずうしい奴だ」といったように評価しています。

 

また、小池さんの生い立ちや容姿を根拠に、コンプレックスを抱えているとか、それが上昇志向のきっかけになっているとかいうのも、一方的だなぁと思います。人生はいろいろあって、この本に書かれていない出来事の方がはるかに多いのですから、外見的な事項だけで小池氏の人となりを判断するのは不可能でしょう。

 

さらに、筆者は小池さん自身から聞いたわけでもないのに、

  • 「小池はフランスでの会議に『喜んで』出かけていった。」
  • 「彼女は英語を口にするとき、『幸福感と優越感に浸る』」
  • 「小池は…自分を封じる『安倍への恨みを深くした』」
  • 「もちろんこれは『建前であって、本心ではなかった』」
  • 「小池本人は、『これを極めて表面的に受け取ってしまう』」

などといったように、小池さんの内心をネガティブな方向で断定しています。そんなこと筆者にはわからないはずなのに。

 

挙げるときりがないのですが、ほかにも、小池さんの同級生とされる人の「アザのことなんか、まったく気にしていないし、それで百合子ちゃんをいじめるような子もいなかった。百合子ちゃんはすごく前向きだった」という証言について、

筆者は、「この言葉を聞いた時、私は小池がいかに孤独な状況にあったかを察した。アザをまったく気にしていない。そんなことがあるだろうか。気にしていないように振舞っていただけだろう」と述べています。

これを読んで私は、いやいや、アザを気にしていない可能性だって全然あるし、仮に気にしていたのだとしても、それをもって「孤独な状況」にはならないでしょ!と思いました。

 

とにかく、全体をとおしてこんな具合で、何でも小池さんの悪口に繋げる筆者の姿勢は読んでいて不快でした。

 

4 まとめ

 

「女帝 小池百合子

 

  • 主観的・抽象的な根拠が多く、政治家としての小池さんを批判する本としてはイマイチ
  • 無理やり批判に繋げる筆者の姿勢は不快
  • ゴシップ本として読むなら楽しめるかもしれない

 

という本でした。全然おススメできません。アンチ小池の私ですらこのように感じたので、小池ファンの人はなおさら読まない方がいいと思います(笑)