企業法務弁護士の留学事情③ 米国司法試験編
私はアメリカのロースクールを卒業した後、ニューヨーク州の司法試験(NY Bar Exam)を受験し合格しました。そのため、アメリカの司法試験制度についてある程度の知識と経験を有しています。
そこで、今回はアメリカの司法試験について書きたいと思います。
なお、本記事は古い情報や誤った情報を含んでいる可能性があります。実際にアメリカの司法試験を受ける予定の方は、ご自分で最新の情報を確認することを強くお勧めします。
■ アメリカの司法試験制度の概要
アメリカの弁護士資格は、州ごとに分かれています。例えばカリフォルニア州で弁護士資格を取ったとしても、ニューヨーク州で弁護士活動を行うことは原則として認められません。
そのため、司法試験(Bar Exam)についても州ごとに制度が異なっています。
もっとも、多くの州は統一司法試験であるUBE(Uniform Bar Examination)を採用しています。本記事の執筆日現在、全米50州のうち40州がUBEを採用しています(NY州もUBEを採用しています。CA州は不採用)。
UBEを採用している州の場合、受験資格や合格最低点に違いはあるものの、試験問題は共通になります。また、UBEは毎年2月と7月の2回実施されます。
さらに具体的には、UBEは以下の3つのパートに分かれています。
- 択一式試験であるMBE(Multistate Bar Examination)
- 論文式試験であるMEE(Multistate Essay Examination)
- 準備書面などの実務的な書面を起案するMPT(Multistate Performance Test)
400点満点で、配点はMBEが200点(50%)、MEEが120点(30%)、MPTが80点(20%)です。ニューヨーク州の場合、266点(66.5%)が合格最低点とされています。
日本人に2番目に人気のカリフォルニア州の場合、UBEを採用していませんので、本記事はあまり参考にならないかもしれません。他に参考になるブログが沢山あるのでそちらをご参照ください。ご参考までに1つURLを貼らせていただきます(非常に優秀な弁護士の方が書いた合格体験記です)。
https://note.com/kaeiro/n/n96da9c74123d
■ 司法試験受験のモデルスケジュール
典型的な日本人LLM留学生の司法試験受験スケジュールは、以下のようなものだと思います。
- 8月にLLMに入学
- 11月にMPRE受験
- 翌年の3月頃から日本人ノートを読み始める
- 5月にLLMを卒業。MBEの本格的な勉強を開始
- 6月末ごろにMBEの勉強をおおむね完了。MEEの勉強を開始
- 余裕があれば7月中旬にMPTの勉強をする
- 7月末に司法試験を受験
■ 受験資格について
アメリカの多くの州では、アメリカのロースクールの3年コース(JD)を卒業しなければ司法試験を受けることができません。しかし、ニューヨーク州などの一部の州では、①外国で法律を勉強した人であり、かつ②アメリカのロースクールの1年コース(LLM)を卒業した人にも受験資格を認めています。(イリノイ州など、LLM卒業のほかに外国の弁護士であることを求める州もあります。)
ニューヨーク州の場合、日本の学校の成績証明書や弁護士登録証明書を送って受験資格があることを確認してもらわなければなりません。これには時間がかかるため、早めに対応する必要があります。
また、以前の記事でも書いたとおり、カリフォルニア州については、外国の弁護士資格を有している人であれば司法試験を受けることができます。
したがって、日本の弁護士であれば、アメリカのロースクールを卒業しなくてもカリフォルニア州の司法試験を受けることができます。
■ MBEとMEEの試験科目
MBEの試験科目は、以下の7科目です。
① 民事訴訟法(Civil Procedure) ② 憲法(Constitutional Law) ③ 契約法(Contracts) ④ 刑法および刑事訴訟法(Criminal Law and Procedure) ⑤ 証拠法(Evidence) ⑥ 不動産法(Real Property) ⑦ 不法行為法(Torts) |
MBEは、6時間で400問を解く過酷な試験です。例年は3時間200問×2でした。2021年2月の試験は新型コロナウイルスの影響でリモート試験となったため、90分100問×4で行われたそうです。
MEEの試験科目には、MBE科目である上記7科目に加えて、以下の6科目が含まれます。
① 代理法およびパートナーシップ法(Agency and Partnership) ② 株式会社法および有限責任会社法(Corporations and Limited Liability Companies) ③ 抵触法(Conflict Laws) ④ 家族法(Family Law) ⑤ 担保物権法(Secured Transactions) ⑥ 信託法および遺言法(Trusts and Estates) |
MEEは、3時間6問の論文式試験です。基本的には13科目のうち6科目のみが出題されますが、たまに複数科目にわたる複合問題が出題されることがあります。2021年2月の試験は新型コロナウイルスの影響でリモート試験となったため、90分3問×2で行われたそうです。
科目と試験の配点を見ると分かると思いますが、単純計算で、MBE科目の7科目は配点全体の約66%(MBEの配点50%+MEEの配点30%のうち7/13)を占めています。したがって、MBE科目の勉強が最も重要になります。
■ MPTについて
MPTは、架空の事例を題材として、与えられた裁判例や法令をもとに、リサーチメモや準備書面などを起案する試験です。日本の司法研修所の試験に似ています。3時間で2問を解く必要があります。
問題の性質上、対策が難しいといわれています。もっとも、日本の実務家であれば何となくメモや準備書面のイメージはできるため、対策しなくてもそれなりの答案が書けることもあります。実際、まったくMPTの勉強をしないままUBEに合格する人も沢山います。
■ アメリカの司法試験(UBE)の難易度
アメリカの司法試験は、日本の司法試験ほど難しくないと言われています。日本の法律家であれば、合格に必要な勉強期間は2か月半程度と言われています。
上記のとおり、ニューヨーク州であれば合格最低点が266点なので、MBEで160点とれば、MEEとMPTが合計106点でも合格できます。MEEとMPTは知識が足りなくても頑張ってそれっぽく作文すれば120点ぐらい取れるようです。
ただし、アメリカの司法試験の難易度は、受験者の英語力と日本法に関する知識の多寡に大きく左右されます。
アメリカの司法試験で大変なのは、まず何と言っても、試験も勉強もすべて英語だという点です。
私は英語力が高い方ではなかったので、最初のうちは問題を時間内に解ききることが難しかったですし、問題文の読み間違えも多かったです。問題を解いた後に解説を読むのにすら、かなりの時間がかかりました。
また、MEEについては、分かっていても英語の表現が思いつかず、無駄に時間を使うことが多々ありました。
これらの点については、英語力が高い人であればそれほど苦にならないのかもしれません。
また、UBE科目の中には、日本の司法試験科目と似ている科目が少なくありません。
憲法はそっくりですし、刑法、刑事訴訟法、会社法などもよく似ています。民事訴訟法や証拠法などは違う部分も大きいですが、日本法の知識を流用できる部分が少なからずあります。そのため、日本の司法試験合格者であれば、そうでない人と比べてかなり勉強が楽になると思います。
上記のとおり、日本の法律家であれば2か月半ぐらい(LLM卒業後~)の勉強で合格できるといわれており、私も実感としてその意見に同意ですが、そのスケジュールだとあまり余裕はないですし、実際にはそれよりも早く勉強を始めている人の方が多数派だと思います。
■ 勉強法
私がした勉強は以下のとおりでした。点数はうろおぼえですが、たしか合計305点ぐらいで、MBEが160点ぐらいでした(悪くないスコアです)。なお、受験したのはそれほど昔ではありません。そのため、これから受験する人にとっても参考程度にはなると思います。
MBE
- 7科目について、過去の日本人留学生が作成したノート(いわゆる日本人ノート)を2回程度通読する。
- Emanuelという問題集を解く(民事訴訟法を除く)
- Adaptibarというオンラインの問題集で、問題を1000問ぐらい解く
- 受験予備校(barbri)の模試を時間を計って解いて、復習する
- 民事訴訟法について、試験委員会(NCBE)が公表しているサンプル問題10問を解く
日本人ノートというのは、歴代の日本人LLM留学生が作成した勉強用ノートです。いろんな人が好き勝手に改訂していることもあって非常に読みにくいですが(失礼)、振り返ってみると、必要十分な情報が記載された良い教材だったと思います。
Emanuelに掲載されている問題は基本的には過去問で、Adaptibarにも含まれています。そのため、問題集はAdaptibarだけでも足りると思います。
間違えた問題は、日本人ノートも見直しつつ、翌日や数日後に再確認していました。似たような問題が繰り返し出題されているので、間違えた問題や自信のない問題をしっかり復習するのが大事だなと思った記憶です。
MEE
- 全科目*について、Smart Bar Prepという教材のアウトラインを読む
- 受験予備校(barbri)のMEE問題集(過去問集)の基本問題の方をすべて*解き、自信のない論点については論証を固めておく
*1つ前の試験で出た科目は出ないと考えて、3科目ぐらいはほぼノータッチでした。
MEEの過去問は、初見ではほとんど分からない問題も多かったです。そのような問題は、問題文を読む⇒何となく回答を想像する⇒すぐに参考答案を見て知らない論点を覚える、という形でどんどん進めていきました。
MPT
- 1問のみ、時間を計って問題文を読む
MBEとMEEの勉強で手一杯で、MPTについてはほとんど勉強できませんでした。本番は時間配分など大きく失敗した記憶です。当然ですが、余裕があればMPTも対策すべきだと思います。
最近の受験生が作成した合格体験記も一読しましたが、私の勉強法は今でも割と主流なようです。
MBEについて、①日本人ノートと②Adaptibar
MEEについて、①Smart Bar Prepなどの論証集と②Barbriの問題集(過去問)
さえしっかりやっておけば、MPTについてはノータッチでも、合格最低点には届くと思います。
なお、MBEのBarbri模試は本番と傾向が大きく異なっており、別にやる必要なかったなと思った記憶があります(重箱の隅をつつくような問題だった記憶です)。また、MEEの過去問や合格者答案もネットで公表されています。
そのため、高い料金を払ってbarbriを利用することは必須ではないと思います。
■ NY州の弁護士登録要件について
ニューヨーク州の場合、弁護士として登録するためには、司法試験(UBE)で266点以上を取ることに加えて、以下の2つの要件を満たす必要があります(他にも要件がありますが割愛します)。
- 法曹倫理に関する試験であるMPRE(Multistate Professional Responsibility Examination)で、150点満点中85点以上を取ること
- ニューヨーク州法に関する講義であるNYLC(New York Law Course)を受講し、その後にニューヨーク州法に関する試験であるNYLE(New York Law Exam)で50問中30問以上正答すること
MPREは毎年3月、8月、11月の3回実施されます。2時間60問の択一式試験で、ニューヨーク州の場合は150点満点中85点以上で合格となります(CA州は86点合格)。
難易度は受験者の事前知識や英語力に大きく左右されますが、日本の法曹資格を持っている人の場合、合格に必要な勉強期間は1週間から2週間と言われています。それほど難しい試験ではありません。
私は受験予備校(barbri)が無料で配っている教材を使って、試験2週間前から勉強しました。
もちろん、油断して勉強せずに受けると必要なスコアをとれないこともあります。私の友人の中にも再受験している人が何人かいました。
NYLEは手元の資料を見ながら受けてもいい試験(いわゆるOpen-Book Exam)なので、NYLCを受講してから受ければまず落ちることはないと思います。